第4話 家族と仕事、どっちが大事なのか。
前回までのあらすじ
それまで勤めていた父親の会社が売却されることになり、役員だった僕は退職することが決まりました。
僕には1歳の娘がいたので、退職日までに早く次の仕事を見つけようと焦りましたが、売却先の会社の事情により、退職理由を秘密にしたまま転職活動をしなくてはなりませんでした。
しかし、そのような状況では、なかなか転職先は見つかりません。結局、次のあてがないまま、退職日を迎えてしまったのです。
役員だった僕には失業保険もなく、退職日を境に、収入は0になってしまいました。
しかも奥さんは、出産を機に仕事をやめてしまっていたので、家族全体での収入がなくなってしまったのでした。
この時は、とても焦っていましたし、考え方が後ろ向きになっていました。もっと、貯金しておけば良かったとか、こんなことにお金を使わなければよかったとか、奥さんに仕事をやめてもらわなければ良かったとか、とにかく、お金に関する後悔ばかりしていました。
今はもちろん、そんな後悔はしてはいないのですが、お金の不安が、いかに自分の心を悪くするかということを思い知らされた時期でした。
また後ほど書こうかと思いますが、お金の不安というのは、ある意味、幻想なんですよね。あくまで僕の場合ですが、お金に不安を感じているときは、不安なだけで、実際にお金がない状態ではないんです。
お金は、ある。今月も家賃は払えているし、水道光熱費も払えている。明日の食べるものだってある。なんなら、来月、再来月分の家賃を払えるくらいにはお金はある状態です。
だから、お金がないわけではないのです。
お金がないから不安なのではなくて、お金がなくなりそうだから不安になっているだけなのです。
「このままだと、お金がなくなってしまうかもしれない。」
そうやって、まだ実際になくなってもいないのに、「かもしれない」ことに、ただ不安を感じているだけです。もっと言えば、「お金がない」という状態が、具体的にどんな状態かがわかっていなかったりします。それはつまり、幻想です。
今でも、お金に対する不安が全くないかと言えば、そうではありませんが、以前に比べると、ずいぶん平気になってきました。不安になりそうな時は、自分にこう言うのです。
「俺、お金に不安を感じたことはあるけど、お金に困ったことってないよね。」
そうなんです。お金に困ったことがないのです。困るというのは、家賃が払えなくて質屋に駆け込んだとか、そういう経験がないのです。今までもなかったのだから、これからも大丈夫だと思います。
こういうとき、「今までなかったかもしれないけれど、これからはあるかもしれないじゃないか」という人は、自分で仕事をつくっていない人かもしれません。自分で自分の仕事をつくっていれば、お金に対する恐怖は少しずつ減っていきます。お金がどうやったら回り出すか、流れてくるか、お金とどう付き合っていけばいいのかが、わかってくるからです。会社員時代の僕には、わかりませんでしたが、今の僕はわかります。だから、「これからも大丈夫」と思えるのです。
話を元に戻しましょう。
仕事が決まらない僕は、お金に対する不安でいっぱいで、どんどん弱気になり、焦り、気持ちが不安定になっていきました。
一刻も早く転職先を見つけたいのですが、僕は今ひとつ、職探しに本腰を入れられないでいました。もう、 会社の譲渡は終わったのだから、転職理由だって正直に話して大丈夫です。フルパワーで転職活動をすればいいはずなのですが、全く身が入らないのです。
僕が頭を悩ませていたのは、毎日の通勤時間です。30代半ばだった僕にとって、次の転職は、今後のキャリアにとって重要になると考えていました。だから、あまり適当に転職先を決めたくない、自分が情熱を持って働けるような会社で働きたい。そう考えていました。
でも、勤めてみたいと思える会社は、ほとんどが東京都内にありました。僕は湘南エリアに住んでいたので、都内に通うとなると、片道1時間半〜2時間ほどかかってしまいます。1日4時間通勤にとられてしまうのです。
始業が9時だとしたら、早ければ6時半には家を出なくてはいけない。帰ってくるのも、残業なんかあれば22時、ときたま23時という日もあるかもしれません。毎日、家族と夕飯を食べるなんて、到底無理そうです。それどころか、自分の寝る時間すら十分に確保できない可能性があります。毎日の通勤を想像しただけで、嫌になってしまっていたのです。
「だったら、もっと近い職場で、とりあえずでもいいから転職すればいいじゃないか。まずは当面の収入の確保が最優先だろう?」
と、自分の中の自分が言います。それに対して、もう一人の自分が反論します。
「いやいや、面白くもない仕事についたって、だめだ。情熱を持てない仕事をすると、頭にハゲができるくらいストレスになるのは、最初の就職で身にしみて学んだだろう?妥協しちゃだめだ。」
「じゃあ、毎日、都内まで通勤するのは仕方ないぞ。1日4時間だぞ?家族との時間なんて、夢のまた夢になってしまうけれど、いいのか?家族が何よりも大切なんじゃなかったのか?」
「家族も大切だけれど、俺自身のことだって大切だ。仕事は人生で大きな部分を占めるんだから、適当な働き方なんてしたくない。もう良い歳だ。俺自身が納得して生きていなければ、家族のことも大切にできない。」
こんな風に永遠と自分と自分がやり合ったまま、同じことを何度もぐるぐるとループするだけで、自分の中で折り合いがつけられない日々が過ぎていきました。
そして、僕はどんどん、自分が何をどうしたいのか、わからなくなっていきました。
「あー!もう、仕事なんてしたくない!働きたくない!」
もう、全部を投げ出してしまいたくなっていました。
(続く)