自分をゆるめる技術 第12回 言葉から離れる
さて、今日のテーマは「言葉から離れる」です。
人間というのは、言葉でものごとを考えます。言葉があることで、考えが生まれてくるのです。
わかりやすいのは、名前でしょう。
あなたは名前をお持ちのはずです。あなたは自分の名前を知っています。もし、名前を忘れてしまったら、「記憶喪失」とか「認知症」とされてしまうでしょう。「記憶」や「認知」ができない人、つまり、健常に考えることができない人と見なされてしまうのです。
もう一つ例を挙げます。
最近よく聞くようになった「ADHD(発達障害)」という名前(言葉)があります。少し調べてみると、ADHDが医学的に定義されたのは、18世紀ごろのことのようです。200年以上前から言葉としては存在しているのに、ADHDが日本で一般的に聞かれるようになったのは2010年代以降です。
ADHDという名前が流行り始めたことで、「自分もADHDなのかもしれない」と自覚する人がたくさん現れました。
そのような人は、ADHDの特性と、その活かし方を、自分に対して当てはめてることで、これまでの生きづらさを克服したり和らげることができるようになりました。
つまり、どう扱っていいかわからなかった自分の特性に、名前を与えたことで、その特性を扱うことができるようになったのです。
これは、言葉が「範囲を区切る」役割をしてくれるからです。さきほどのADHDの例で言えば、ぼんやりと「扱いづらい」ものであった自分のなかに、「これとこれは、ADHDだからだよ」と区切りができたことで、「そうか、これとこれはADHDなのだから、こうすればよさそうだな」と考えることができるようになります。
言葉が区切りを与えてくれることで、ものごとを自分の都合に合わせて考えることができます。
ところが、この区切り方を間違えてしまうと、逆に生きづらくなってしまうこともあります。
ここからが本題です。
言葉は、私たちに「区切り」を与えてくれます。もっと言うと、「区切りと省略」です。考えるべきことと、考えなくてもいいこと、に分けてくれます。
考えなくていいことは考えず、考えるべきことだけを考えられるようになります。取捨選択をし、考えなくてもいいことは、自分には関係がないことになっていくわけです。
ですが、もし区切り方を間違えていたらどうでしょう。
自分には関係がないと思っていたことのなかに、実は大切なことが含まれているかもしれません。ですが、考えなくてもいいことは、わざわざ考えないので、そのことには気がつきません。
考えるべきことだけ考えていく、というのは、その区切り方が自分に合っているという前提が必須なのです。
言葉に頼りすぎ、言葉というものに寄りかかり過ぎていると、知らないうちに、自分にとって大切なものを捨ててしまっている可能性があるのです。
たとえば「ルーティン」という言葉。
ルーティンという言葉のイメージで、なんとなく縛られそうだし、機械的な気がして、自分には向いていないと思い込んでいる人がいるかもしれません。
ですが、過去の偉人やクリエイティブな人たちの生活の記録を調べていくと、ルーティンで動いている人たちがたくさんいます。なかには「毎日やることが決まっているから、そのなかで自由に動ける」という人もいます。
とすると、ルーティンという「言葉」に引っ張られて、自分には関係がないものとしてしまうことは、とてももったいないことなのかもしれません。よくよく調べてみると、むしろ、今の自分にこそ必要なことなのかもしれません。
もしルーティン、という言葉が気に入らないのであれば、「習慣」とか「日課」とか別の言葉に置き換えるだけでしっくり感じるようになるかもしれません。「夢へのベルトコンベア」みたいに、オリジナルの言葉をつくってみてもいいかもしれません。
もし、あなたが苦手なものや、嫌いなこと、どうしてもうまくいかないことがあるならば、それに対して使っている言葉から離れてみるといいかもしれません。
言葉で区切られてしまって、「考えなくていいこと」になっているもののなかに入れられてしまった、あなたにとって大切なものが見えてくるかもしれませんよ。
(次回につづく)
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